2010年3月 9日
ペクサン砲
炸裂弾を発射できるように設計された最初の艦砲である。
19世紀初頭、炸裂弾はすでに陸戦において、榴弾砲や臼砲で使用されていたが、それらは大角度かつ低初速での使用に限られていた。炸裂砲弾は取り扱いが危険であり、高初速の平射砲で炸裂弾を使用する技術的な見通しはたっていなかった。
しかしながら、現在のような正確な光学あるいはレーダー照準技術が確立する以前は、海戦においては大角度砲弾を使用する間接射撃は実用的では無かった。双方が移動する海上での砲戦は、基本的に直接照準による平射が基本であった。このため、数世紀に渡って艦砲の砲弾としては実体弾が使われており、木造艦艇に対してさえも、限定的な損害を与えられるに過ぎなかった。
機構
ペクサンは海戦において平射砲で炸裂弾を使用することを、1822年の自身の著作(Nouvelle force maritime et artillerie)で主張した。
ペクサンは、高初速で発射されてもその衝撃で砲弾が破裂しないように、遅延機構を開発した。炸裂弾が木製軍艦に命中し火災が起こった場合、破滅的な結果になる。ペクサンは1824年に戦列艦パシフィケイター(Pacificateur)を使った実験で、それを撃沈することによって炸裂弾の威力を証明した。1823年と1824年に実施された試験のために、2種類のプロトタイプの砲が作製された。
日本
ペクサンの著した「フランス海軍の実施した新型兵器についての実験」はオランダ後に翻訳され日本にも輸入された。それを入手した武雄領主鍋島茂義(高島秋帆に弟子入りしていた)はさっそく日本語に翻訳し、1848年(嘉永元年)に佐賀藩主鍋島直正に献上している。1853年(嘉永6年)のペリー来航の際、ペクサン砲を搭載したサスケハナに乗り込んだ浦賀奉行所与力中島三郎助は、その大砲がペクサン砲であることを見抜いたとされている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
アンリ=ジョセフ・ペクサンによって発明されたものです。
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